神戸地方裁判所 平成6年(ワ)1916号 判決 1997年9月26日
原告
甲野太郎
右訴訟代理人弁護士
筧宗憲
被告
株式会社ハーベスト・フューチャーズ
右代表者代表取締役
佐藤陽紀
被告
乙川次郎
被告
丙山三郎
被告
丁田四郎
右四名訴訟代理人弁護士
竹田実
主文
一 被告株式会社ハーベスト・フューチャーズ、同乙川次郎及び同丙山三郎は、原告に対し、各自金二三四三万三四〇〇円及びこれに対する平成四年一二月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告の被告丁田四郎に対する請求及びその余の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、原告に生じた費用及び被告丁田四郎を除く被告ら三名に生じた費用の各一〇分の三並びに被告丁田四郎に生じた費用を原告の負担とし、その余を被告丁田四郎を除く被告ら三名の負担とする。
四 この判決の第一項は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
被告らは、原告に対し、各自金三四〇四万七七四七円及びこれに対する平成四年一二月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、商品先物取引委託契約の委託者である原告が、被告乙川ら被告株式会社の社員の勧誘等が違法であり、また、右被告らの行為は被告会社の会社ぐるみの詐欺的行為であるとして、被告らに対し不法行為に基づく損害の賠償を請求した事案である。
一 争いのない事実
1 原告は、「甲野建設」の名称で個人で建設業を営んでいる。
被告会社は、繊維、穀物、貴金属等の商品先物取引の受託業務等を目的として設立された会社であり、東京工業品取引所等の商品取引員である。
被告丁田は、平成四年六月当時、被告会社の大阪支店の支店長であり、被告丙山は、同支店の営業課長であり、被告乙川は、同支店の営業課員であった。
2 原告は、被告乙川から、白金の先物取引の勧誘を受け、平成四年六月八日東京工業品取引所、東京穀物商品取引所等の商品市場における売買取引の委託契約を締結し、その後被告丙山らの勧誘により、同月九日から翌平成五年二月三日までの間、別紙「甲野太郎売買取引概括表」(以下「別表」という。)記載のとおり原告名義で白金、パラジウム、小豆の商品先物取引が行われた(右一連の取引を総称して、以下「本件取引」ともいう。)。
3 その間、原告は、被告会社に対し、委託証拠金として以下のとおり、合計三六四五万円を交付し、その後被告会社から清算金等として四四〇万二二五三円の交付を受けた。
(一) 平成四年六月九日
六三〇万円
(二) 同月一〇日 三一五万円
(三) 同年八月一七日
一四〇〇万円
(四) 同年一一月九日六〇〇万円
(五) 同月一二日 二〇〇万円
(六) 同月一九日 二〇〇万円
(七) 同年一二月七日三〇〇万円
二 主要な争点
1 本件取引の勧誘において被告会社の従業員に違法行為があったか。また、本件取引全体について、被告らの会社ぐるみの詐欺的行為といえるか。
2 損害額
三 争点に関する原告の主張
1 被告乙川、同丙山、同丁田らの勧誘行為は、以下の点で違法である。
(一) 不適格者の勧誘
被告乙川は、商品先物取引の知識がほとんどなく、経済知識、資金能力、過去の取引経験のいずれをも欠いている原告に対し、執拗に取引を勧誘しており、商品先物取引の不適格者への勧誘といえる。
(二) 断定的判断の提供
(1)被告乙川は、平成四年六月初旬、原告方に電話し、「白金、今が底値です。これから絶対に上がります。儲かると自信があるから、お勧めしているのです。」などと繰り返した。また、同月八日に原告と面会した際も、「白金は今が底値です。こんな絶好のチャンスは今しかありません。」、(白金は)「一グラム当たり一五〇〇円が最低で、それ以下になることは絶対にないのです。」などと違法に、断定的糾断を提供した。
(2) 被告丙山は、同月一〇日午前八ころ、原告に対し電話で、「今にも南アの暴動が起こります。」、「暴動が起きてしまえば、遅いんです。今すぐ一〇〇枚買わしてください。」などと確実に利益が上がる旨の断定的判断を提供した。
(3) 被告丁田は、同年一一月一二日、「今、小豆の値は高すぎる値がついてます。だから、売りで、いままでの損を取り戻すチャンスです。」、「今なら絶対に取れる時だからなんとかお金を作ってください。」と述べ、確実に損失が回復できるかのような断定的判断を提供した。
(三) 説明義務違反
被告乙川らは、原告の勧誘に当たり、利益のみを強調し、先物取引の投機性や損計算事例、委託追証拠金の説明をしなかった。
(四) 新規委託者保護に関する受託業務管理規則違反
受託業務管理規則では、新規委託者については取引後三か月を習熟期間とし、その間建玉が過大になることのないようにするとしているところ、被告乙川は、原告に対し取引当初の六月九日から白金一〇〇枚という過大な建玉を勧誘した上、翌一〇日にも五〇枚の追加をさせ、その後もほとんど常時一〇〇枚を越える建玉を行わせた。
(五) 過度の売買取引の要求、無意味な反復売買
被告らは、当初から原告に過大な建玉をさせた上、短期間に頻繁に、既存建玉を仕切ると同時に売り直し、買い直しをさせたりした。このような無意味な売り直し、買い直しは手数料稼ぎを目的としているとしか思えない。
(六) 無意味な両建て
被告らは、頻繁に、まったく無意味という他のない両建てを、繰り返し行わせた。そして、その際、被告らは、両建ての意味の説明をほとんどせず、両建てをすれば損が出ないなどと欺瞞的な説明をした。
(七) 一任売買
被告丙山は、平成四年八月一三日及び一八日、利益保証しながら、一任売買を求めこれを実行した。また、同被告は、同年一一月九日、一任売買を続け原告の損を取り戻すことを強調した。
(八) 過大な向い玉
被告らは、原告と反対のポジションに自己玉(向い玉)を建てて、原告の損失相当分をそっくり自社の利益に取り込む客殺しをした疑いが濃厚である。
2 以上の被告会社社員の行為はすべて独立に行われていたものではなく、被告会社の営業姿勢に基づいて、包括的な相互の了解のもとに行われていたもので、一連の行為とみるべきものである。のみならず、以上のような数々の違法行為からみると、被告らは、当初から本件取引の委託証拠金名下に原告から金員を預託させ、あとは様々な手口を使って原告を操縦し、手数料及び取引による損失金の名目で右金員を返還しなくてすむようにしむけていったことは明らかであり、被告らの行為は全体として詐欺行為といえる。
3 損害額
(一) 原告が被告会社に交付した金員のうち未返還額
三二〇四万七七四七円
(二) 慰謝料 一〇〇万円
(三) 弁護士費用 一〇〇万円
四 争点に関する被告の主張
本件取引について原告の主張する違法事由は認められない。
被告会社の本社管理部顧客サービス課長深町繁蔵は、平成四年六月一一日、原告に対し、最初の取引をしてもらったことのお礼の挨拶を兼ね、取引の内容確認、禁止事項、ガイドブックの内容、追い証等の概略を説明した。更に、深町は、顧客管理の目的で、同月一九日ころ、原告宅を訪問し、原告に対しガイドブックに基づいて取引の仕組みを説明し、更に不審なことがあれば、深町か管理部担当者の斉藤勝幸にすぐ連絡するように説明した。深町の説明に際し、原告は全体として理解が早かったし、熱心に説明を聞いてくれた。その後、深町は、八月六日、一八日、一一月一六日、一二月一四日にそれぞれ電話をして、原告の本件取引に関する意思と認識の確認を行っている。
また、原告は被告会社との取引を終えた直後から、商品取引員であるカネツ商事株式会社(カネツ商事)神戸支店を通じて再び商品先物取引をしていることが判明した。その取引を分析すると、銘柄は実に九銘柄に及び、途転、両建て、手数料不抜けなどの特定売買率も40.6パーセントに及ぶ。原告はもはやその時点で商品先物取引に熟練していたものと評価できる。
第三 争点に対する判断
一 本件取引の経過
証拠(省略)を総合すれば、以下の事実が認められる。
1 原告は、昭和二四年生まれの男性であり、垂水区の公立中学を卒業後、定時制高校に入学したが、一年で中退し、大工として建設関係の仕事に従事した。その後、昭和四九年ころ独立し、二級建築士の資格を取得し、当初「甲野工務店」、後に「甲野建設」の屋号で、個人で建設業を営んでいた。本件取引までに、株式取引や先物取引をした経験はなく、先物取引について特別の知識はなかった。
2 原告は、従前、商品取引会社の営業社員から数回電話で先物取引の勧誘を受けたがこれを断っていたところ、平成四年六月八日、被告乙川からの電話を受け、今白金に投資すれば絶対に儲かる良い話があるので、少しの時間でよいからとりあえず話を聞いてくれと言われ、特別の予定もなかったことから面会を承諾した。
被告乙川は、当日夕刻原告宅を訪問し、被告会社の会社案内、新聞の切り抜き、参考チャート、商品先物取引委託のガイド(別冊を含む。)等を示しながら、原告に対し、「白金は、今が底値で、絶好のチャンスです。」、「白金に関しては過去に成績を挙げて、社内で表彰されたことがある。」、「僕は白金に対しては自信を持っている。」、「これから南アの暴動なんかも噂されているし、暴動があったら跳ね上がるのは目に見えてるんやから、今が絶対のチャンスなんだ。」、「最低の原価が一グラム当たり一五〇〇円なので、それ以上値段が下がることはない。」、「お客さんが大きな損をしないために僕らがずっと(値動きを)監視している。」などの言葉を交えつつ、白金の先物について説明した。その際、同被告は、先物取引の一般的危険性に加え、両建て、難平、途転、追い証などの用語を交えて先物取引の仕組みを一通り説明した。その上で、被告乙川は、「初めから大きなことを言わずに、手堅く五、六〇万で実績を残させてください、そのために一〇〇枚買いたい、そのためには証拠金として六三〇万ぐらいは必要だ。」と述べて、原告に対し建玉を勧誘し、原告がこれを了承すると、約諾書への署名押印を求めた。右約諾書には不動文字で「私は貴社に対し(中略)先物取引の危険性を了知した上で(中略)、私の判断と責任において取引を行うことを承諾した」と記載されていた。
被告乙川は、翌九日朝、原告に電話し、一〇〇枚の注文が成立したことを述べ、六三〇万円を受け取りに行く旨述べた。原告は、それほどすぐに売買が成立するとは思っていなかったので、あわてて定期預金を担保に借入れをし、現金を用意した。被告乙川は、同日夕方、被告丙山とともに原告方を訪れ、委託証拠金を受け取るとともに、午前の白金一〇〇枚の注文についての委託注文書に原告の署名と押印をもらった上、原告に対し、便箋に「今回一〇〇枚以上建玉をします」旨の記載をするよう指示し、これにも署名押印を求めた。その際、被告らはもう一〇〇枚の取引を勧誘したが、原告はこれを断った。
3 被告丙山は、翌一〇日午前八時ころ、原告の携帯電話に電話し「今にも南アの暴動が起こります。だから、今すぐにもう一〇〇枚買いたい。今だったら買えます。暴動が起きてしまえば遅いんです。」などと言って再度一〇〇枚の白金取引を勧誘した。原告が資金がないと断ると、同被告は、おおむね一〇日で値上がりが見込め、現金を返すことができる旨言って勧誘を続けたので、結局原告は五〇枚の買いの取引をすることを了承した。
その後しばらくして、被告丙山は、自分たちに(取引のことは)任せてくださいと言い、その後あまり連絡がなくなった。
4 平成四年八月一三日、白金の価格が暴落し、ストップ安となった。原告は、被告丙山から、同日午後三時ころ、電話で、白金がストップ安となり、多額の損失が出ている旨の報告を受けた。被告丙山は、原告に対し、追い証で継続する、難平で買いを足す、損切りをする、両建てをするなどの対処方法の概略を説明した上、両建てをすれば元本も損失分も安心して取り返すことができる、一切任してもらえれば、絶対に取り戻しますなどと言って両建ての方法によることを強く勧めたので、原告はこの勧めに従うこととし、一四〇〇万円を預託し、一五〇枚の売りを建てることとした。
被告丙山は、同月一八日、原告方を訪問した際にも、時間が掛かるかもしれないが、両建てにすれば、損は取り返せる旨述べた。
また、その後しばらくして、被告丙山は、白金の状況があまり良くない旨説明し、原告に対し、パラジウムの取引を勧誘した。原告は、これに従い、同月二八日、パラジウム一五枚の買い注文をした。
5 被告丙山は、八月に暴落した白金について、因果玉は一度全部落とした方が動きやすくなると言って、その仕切りを勧め、原告の了承を得て、以下のとおり売落ちの取引がされた。
(一) 平成四年一〇月一五日 白金五〇枚売落ち(別表5)
その日の帳尻
八六四万七九四五円の損失
(二) 同年一一月一三日 白金一〇〇枚売落ち(別表4)
その日の帳尻
一五八六万五〇九二円の損失
原告は、右(一)の取引の売買報告書等を見て、多額の損失が出たのを知り、被告丙山に尋ねると、同被告は「今がんばりどころです。これはこの後、動きやすくするためにしたことなんですが、これからはもう一度やり直します。」などと述べた。更に、被告丙山は、「白金やパラジウムよりも早い小豆でがんばります。」、「小豆でこれまでの損を取り返してます。」、「ハーベストは、もともと小豆取引の会社で、小豆にはいろんなところから情報が入ってくる。」、「だから、これからは小豆でやらしてください。今度こそ絶対に大丈夫です。」などと述べて、原告に対し、小豆の取引を勧誘した。原告は、多額の損失が出ていたので不安であったが、今までの損を何とかしたいという気持ちもあり、被告丙山に対し、何とかしてほしいと述べ、小豆取引を行うことを了承した。
被告丙山は、同年一一月六日、原告の委託により、小豆の五〇枚売りを建て(別表12)、同月九日、原告から委託証拠金六〇〇万円の交付を受けた。その際、被告丙山はチャート紙や専門誌を持参し、自己の相場観等を原告に説明したが、原告は、もう資金がなく、これ以上の損失が出ると家も何もなくなってしまうと述べると、被告丙山は、「冷静に聞いてください。ここで切ったら全部なくなりますよ。今までつぎ込んできたお金を無駄にしてもよいのですか。今はしんどい状況ですが、それを我慢してください。私が、これまでの損した分を取り戻します。」、「そのためにも私に任せてください。」などと述べた。
6 被告丙山は、平成四年一一月一二日、被告丁田を連れて原告方を訪れた。被告丙山は、被告丁田を、自分の上司であり、若いときから小豆の取引を教わってきた人で、小豆に関しては実績を持っていると紹介した。
7 被告丙山は、同年一二月四日ころ、原告に対し電話で、追い証がかかったので、七日までに三〇〇万円をなんとかしてほしい旨述べた。原告は、七日に同被告に対し三〇〇万円を手渡すに際し、もうこれ以上は資金がない旨強く言うと、同被告は、これからは小豆だけではなく、銘柄も変えて確実に取れるものにする旨述べた。
その後、原告は、被告丙山に対し、仕事上の支払で現金が必要であると電話したところ、同月一〇日、被告会社から一三〇万円が返却された。
8 原告は、次第に被告会社での取引に疑問を抱くようになり、かつて商品取引会社に勤務していた知人に相談すると、その知人は原告が被告会社に騙されている旨忠告した。
そこで、原告は、平成五年二月一日、被告丙山に対し、取引をやめたい旨申し出たが、同被告は直ちにはこれを取り上げなかった。
原告は、翌二日、農水省の担当部署及び東京穀物商品取引所等に苦情を申し出、三日には、被告会社に対し、取引の終了を申し入れ、認められた。
9 なお、原告の被告会社を通しての白金、パラジウム、小豆の取引の概要は別表記載のとおりであるが、このほかに、原告は、平成四年一二月一四日から二八日まで乾繭の先物取引を行っていた。
二 事実経過の認定に関する補足説明
1 被告乙川の勧誘について
被告乙川は、本件尋問において、六月八日の勧誘について、南アフリカの鉱山における暴動ないしストライキにより相場が上昇する旨の話はしたが、これは自分の判断として述べたもので、確実に値が上がる旨の話はしていない、原告は被告乙川の熱意を感じとって取引に応じてくれたものである旨の供述をしている。
しかし、原告は、従前先物取引の経験がなく、被告乙川とも初対面であったのに、一回の勧誘で、被告会社を通じて白金の先物取引をする旨決意し、しかも、一〇〇枚もの多大な取引を承諾しているのであるから、単に勧誘者の熱意に負けて取引を行うようなものではなく、確実に利益が上がる旨の見通しを信じて行ったものとみるのが自然であり、原告本人尋問の結果に照らして、右被告乙川の供述は採用することができない。
2 被告丙山の勧誘について
被告丙山は、本人尋問において、六月一〇日には、絶対に損をさせないなどの発言はしておらず、大手商社の動向等の内部要因を中心に相場の話をしたものであって、南アの暴動の話をした記憶はない旨供述している。
しかし、被告乙川の勧誘が南アの暴動ないしストライキの話を中心としたものであることは被告乙川本人尋問中の供述からも窺われるものであり、被告乙川の勧誘から数日おいただけの被告丙山の追加注文の勧誘が南アの点について触れなかったというのは考え難いし、原告が内部要因というどちらかという未経験者に理解が難しい説明で五〇枚の追加注文に応じたものとも考え難く、原告本人尋問の結果に照らし、右被告丙山の供述も採用することができない。
また、小豆の取引に関する被告丙山の勧誘について、右事実経過で認定した事実に反する同被告の供述も、原告本人尋問の結果及び甲第二号証の記載に照らして、採用することができない。
3 一一月一二日の原告と被告丁田とのやり取りについて
まず、被告丁田は、本人尋問において、原告宅を訪問したのは平成五年一月一四日の一回であって、平成四年一一月一二日には行っていない旨供述している。しかし、原告は、被告丁田が訪問したのは右一月以外にもう一回あるとしており、原告本人尋問の結果に照らし、被告丁田本人の右供述は採用することができない。
次に、原告作成の陳述書(甲二)一一項には、被告丁田が一一月一二日に「今、小豆の値は高すぎる値が付いています。だから、売りで、今までの損を取り戻すチャンスです。」、「今なら絶対に取れる時だから何とかお金を作ってください。」などと述べて、小豆の取引を勧誘した旨の記載がある。しかし、被告丁田の訪問に関しての原告の本人尋問中の供述では、原告は、このような断定的な判断の提供により被告丁田から小豆の取引を勧誘された旨明確には述べておもず、訪問の趣旨は挨拶の趣旨にとどまるかのような供述である(平成七年六月二九日付け調書添付速記録四一、二頁、平成九年一月一六日付け調書添付速記録六、七頁)ことに照らすと、右陳述書の記載は真実原告の記憶のとおりかどうか疑問が残り(なお、右陳述書一一項の記載は、一二日のやり取りに続き、二〇〇万円を翌日である一九日に交付した旨の記載があり、事実が起こった日の記載に混乱が見られ、この点からも、一二日のやり取りが被告丁田の同日の発言を正確に記載したものであるかどうか疑問がある。)、被告丁田が一一月一二日に原告方を訪問したとしても、右のような文言で勧誘したという事実を認定することはできない。
三 被告らの主張について
1 深町らの連絡訪問状況について
証拠(乙一二〜一四、三、証人深町)によれば、斉藤は、原告が被告会社を通じて商品先物取引を開始した直後である平成四年六月一一日に、原告に対し電話し、新規客に対する挨拶と説明をしたこと、次いで、深町は、同月一九日、原告宅を訪問し、商品先物取引委託のガイドを示しつつ、商品先物取引の仕組みについて説明したこと、その後、斉藤は、同年八月六日、同月一八日、一一月一六日、一二月一四日に原告に対し電話し、取引内容の確認をしたことが認められる。
まず、六月一一日の電話では、斉藤は六月九日の売買内容や預かり金額の確認をした上、売買報告書が定期的に送付されてくること、追い証の制度があることの説明をし、相場について若干の話をしている(乙一二)。しかし、右通話において原告は、斉藤の説明を「うん、うん」、「うーん」など相槌をうって聞いている場合が多く、発言している場合でも商品取引に深い理解を感じさせるようなものはない。また、斉藤の説明も、例えば右ガイドについては「ちょっとお時間があればね、だいたい、この、ごく当たり前のことで、委託者に不利なようなこのルールは、一切ないと思いますよ」と述べているのみであって、その説明は全体としてあいまいなものといえ、商品先物取引の危険性を具体的に説明するようなものではなかった。
六月一九日の深町の訪問について、証人深町は、原告は飲み込みが意外と早く、理解度が高いと判断した旨供述している。しかし、原告は深町の説明に相槌を打っているものの、「何か特に社長、分からない点は」と聞かれて、「まあな、分からんことばっかりやけどな。」と答えており、原告が深町の説明にも関わらずなお取引全般について理解が浅いことを露呈している(乙一三)。また、深町は、右訪問時において、最初の取引の概要を承知しており(乙二一、証人深町)、乙川の勧誘が新規委託者保護のための建玉規制に反し、かつ最初の建玉が証拠金が入る前にされたことを知り得たにもかかわらず、これらの点を特に問題視した形跡はなく、原告の理解力について真剣に検討したかどうか極めて疑問といわざるを得ない。
そして、右の連絡、訪問状況に照らせば、その後の斉藤からの電話による確認も実質的な内容のあるものであったかどうか疑問であり、これらの連絡、訪問がされた事実が、被告乙川らの勧誘の違法性の判断に特に影響を与えるものとはいえない。
2 カネツ商事との取引について
証拠(原告本人(第二回)、調査嘱託の結果)によれば、原告は、被告会社との取引が終了した直後の平成五年二月一〇日ころ、カネツ商事との間で、商品先物取引の委託契約を締結し、右同日から平成六年二月一六日まで、粗糖、金、ゴム等の商品先物取引を行ったこと、右取引の中には、途転、両建て、不抜けなどの特定売買が相当回数含まれていたこと、金と白金との間でストラドル取引をしていたことが認められる。しかし、原告は、右取引をおおむね担当者のアドバイスに基づいて行っていたものである(原告本人(第二回))から、特定売買の比率が高かったり、ストラドル取引が行われていたからといって、原告が当時商品先物取引に相当習熟していたことの根拠とすることはできない。また、これらの取引が行われたのは、被告会社との取引終了後のことであるから、右取引の内容が被告らの行為の違法性を判断するに当たって直接考慮の対象になるものでもない。
四 被告らの行為の違法性について
1 不適格者への勧誘について
原告は、本件取引を開始する以前に商品先物取引を行った経験はなく、商品先物取引に関する知識も特に持ってはいなかった。しかし、原告は、昭和四九年ころ独立し、二級建築士の資格を取って建築業を自営してきたものであることに照らすと、原告が先物取引を行うについて不適合者であるとまではいえない。
2 断定的判断の提供について
(一)被告乙川が平成四年六月八日にした勧誘は、南アの暴動の可能性の話を巧みに引き合いに出して、白金は今が底値であり、絶対に値上がりをする旨の内容のものであって、原告に断定的判断を提供したものといえる。
(二) また、六月一〇日の被告丙山の勧誘も、被告乙川の勧誘を前提にして、今すぐにも南アの暴動が起こるという前提で、短期間で確実に利益が見込まれるという内容のものであって、「絶対に」などの明示の文言を使っていないとしても、断定的判断の提供ということができる。
(三) 原告は、被告丁田が一一月一二日に断定的判断を提供した旨主張するが、前記二3で判断したとおり、右事実は認めることはできない。
3 説明義務違反について
被告乙川は、平成四年六月八日の勧誘に当たり、商品先物取引の仕組みについて一通りの説明はしている。しかし、原告は、従前商品先物取引はもとより株式取引についての経験もなく、しかも、被告乙川により南アの暴動のエピソードを根拠として断定的判断の提供を受けつつ、強力な勧誘を受けていたこともあいまって、先物取引の仕組みや危険性の一応の説明を冷静かつ注意深く聞いていたものとは思われないし、現実に六月一九日の深町との面談でも原告の理解不足が見られたことは前記のとおりである。
被告乙川として、原告のような新規勧誘者については、商品先物取引の危険性を分かりやすく十分に説明すべきであったといえるが、同被告はこのような義務を尽くしたとはいえない。
4 新規委託者保護に関する受託業務管理規則違反について
社団法人日本商品取引協会が定めた受託業務に関する規則は、商品取引員は、委託者の保護育成措置、管理担当班の設置等について受託業務管理規則を定めてこれを遵守しなければならないこととされており、これを受けて被告会社でも受託業務管理規則等を定め、商品先物取引経験のない委託者について三か月の習熟期間を設け、右委託者については、外務員の判断枠を二〇枚と定め、委託者から右判断枠を超える建玉の要請があった場合には、管理担当班の責任者が審査を行い、その適否について判断し、妥当と認められる範囲内に置いて受託するものとしている(受託業務管理規則六条、商品先物取引の経験のない新たな委託者からの受託に係る取扱い要領一、二)(以上甲一、弁論の全趣旨)。
これら建玉数規制の規定はいわば業界内の内部基準であるが、商品取引員らが明らかに右の規定の趣旨に違反し、委託者の能力等を無視したやり方で取引の勧誘を行った場合には、その取引は社会的に違法な行為と認めるべきである。
これを本件取引についてみると、原告は従前商品先物取引の経験のない新規委託者であるのに、被告乙川は、取引の当初の六月九日から白金一〇〇枚という多大な建玉を勧誘し、被告丙山は翌一〇日にも五〇枚の追加をさせているところ、前記事実経過からみて原告においてこのような多大な取引をすることの強い希望があったとも認められず、かえって、右被告らにおいて、今がチャンスである旨強調し、原告を取引に誘導したものといえる。この点右一〇〇枚の建玉の審査については、取引当日の六月九日付けをもって担当外務員(被告乙川)と特別担当者(被告丁田)の連名で総括責任者あてに管理基準超過建玉承認申請がされ、「知識、資力共に充分」とされ即日承認がされている(乙一七、一八)が、前記のとおり、原告の知識が十分であったとは到底認めることができず、その理由、判断までの検討時間等に照らして、右審査は形骸的なものであったという他はない。
そうすると、被告乙川及び被告丙山の右勧誘行為は、建玉規制の趣旨に明らかに違反したものであり、違法な行為というべきである。
5 過度の売買取引の要求、無意味な反復売買、無意味な両建てについて
六月九日、一〇日の合計一五〇枚の買建ては、前記のとおり新規委託者の保護規定の趣旨に違反し、過大な売買取引であったということができる。のみならず、うち五〇枚については、七月二日に売落ちしているのに、限月は異なるが、翌三日に、再度白金五〇枚を買建てし、約一〇日で売落ちしている(別表2、3)。また、当初の一〇〇枚については、七月一〇日に売落ちしたが、一三日に、再度白金一〇〇枚の買建てがされている(別表1、4)。そして、七月上旬当時八月三日に南アのゼネストが予定され、その後一部鉱山でストに突入したことから白金相場が急反発、急伸していた(甲六、七、九)事情をも考慮すると、右の買い直しは、原告にとって無意味な反復売買といえる。
また、八月一三日のストップ安後の白金一五〇枚の売建て(別表6、7)は、限月が異なるものの、被告丙山がこれを両建ての趣旨で勧誘したことは同被告本人尋問の結果から明らかである。そうであるところ、このような売建ては、それまでの損を事実上確定させる効果を持つ上に、新たな手数料負担を要する点で委託者に対する負担が大きく、少なくとも、右認定のとおり、未だ先物取引の仕組みについて十分理解していなかった原告に対し、一五〇枚もの両建てを勧めることは不相当な行為というべきである。
6 一任売買について
被告丙山は、八月一三日、一一月九日に原告に対し、同被告に任してくださいとの発言をした。同被告は、取引の注文に当たり、電話での確認をしており(被告丙山本人)、一任売買自体を独立とした違法事由とみることは困難であるが、右発言は、原告において、自己の判断に基づいて取引を行うという意識を失わせるもので不相当な発言ということができる。
7 過大な向い玉について
平成四年六月九日には、原告が午前九時一二分に平成五年四月限の白金を一〇〇枚買いの取引をしているところ、被告は同日午前九時一三分に同じく平成五年四月限の白金を五〇枚売りの自己玉を建てており、他にも、原告の建玉について、被告会社が、その半分程度の反対玉を、近接した時間帯でほぼ同一限月で建玉した例が複数見られる(甲一)。しかし、被告会社の自己玉は、被告丙山ら被告の担当者が関与せず、被告会社の本社業務部で行っており(被告丁田本人)、個々の顧客に対応した向い玉を建てることは事実上困難と思われ、右のような事実があるからといって、被告会社が建てた自己玉が「客殺し」の手段であるとまで認めることはできない。
8 被告乙川及び被告丙山の責任
以上のとおり、被告乙川及び被告丙山は、本件取引の開始に当たり、原告に断定的判断を提供しつつ、説明義務、新規委託者の保護規定に違反する勧誘をし、原告に過大な取引をさせ、その後も、無意味な反復売買や両建てを行うなどした上、被告会社の取引を続ければ損は取り返せるなどと述べて、被告会社での取引を継続させ、結果として原告に多額の損害を与えたものであって、右被告らの行為は全体として違法性を帯びており、不法行為を構成するものというべきである。
9 被告会社の責任
被告乙川及び被告丙山は被告会社の従業員であり、右両名の行為は被告の事業の執行としてされたものであるから、被告会社は右両名の行為について使用者責任を負うものである。
なお、本件全証拠によっても、本件取引全体が当初から原告に損害を与える意図をもってされた被告会社ぐるみの詐欺とまでは認めることはできない。
10 被告丁田の責任
前記のとおり、被告丁田について、断定的判断の提供の事実を認めることはできない。また、被告丁田は、本件取引当時大阪支店の支店長の地位にあり、被告乙川及び同丙山の上司に当たる者であったが、右の事実から直ちに被告丁田が被告乙川らと同様の責任を負うべきということもできず、結局被告丁田の不法行為責任を認めることはできない。
五 原告の損害
1 未回復額
原告が被告会社に対し、委託証拠金として合計三六四五万円を交付し、その後被告会社から清算金等として四四〇万二二五三円の返還を受けたことは当事者間に争いがない。
そこで、未回復額は三二〇四万七七四七円となる。
2 慰謝料
一般に財産的損害について金銭賠償について損害の填補がされた場合、特段の事情がない限り損害賠償によって慰謝すべき精神的苦痛は発生しないと考えられること、本件取引においては、後記の通り原告にも慎重さを欠く点があったといえることからすると、本件においては、慰謝料請求を認容するまでの事情は認めることができない。
3 過失相殺
商品先物取引が投機性の高い極めて危険な商取引行為であることは公知の事実であるところ、原告は、本件取引当時、個人で建設業を営んでおり、企業家として社会的に相応の経験があるといえ、被告乙川から商品先物取引について一通りの説明を受け、商品先物取引委託のガイドを受け取っていたのであるから、注意をすれば被告乙川らの勧誘内容に疑問を抱くことは可能であり、被告乙川らの勧誘に漫然と従うだけで、適切な対応を取ることを怠っていたものということができる。
したがって、原告にも過失があったものといわなければならず、公平の観点からみて、原告の過失を三割として、右損害額から控除すると、原告が請求できる損害額は二二四三万三四〇〇円となる(百円未満切り捨て)。
4 弁護士費用
本件事案の内容、損害認定額等諸般の事情を考慮すると、原告の請求する一〇〇万円の弁護士費用は、本件不法行為と相当因果関係のある損害と認められる。
六 結論
よって、原告の請求は、被告丁田を除く被告ら三名に対し、不法行為による損害賠償として、各自金二三四三万三四〇〇円及びこれに対する不法行為後の日である平成四年一二月七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
(裁判官太田晃詳)
別紙甲野太郎売買状況概括表<省略>